「私はグランドを愛しています」
豊岡村からバス通学のある朝、一(ひと)バス乗り遅れた為、校庭側に下り、小走りにグラウンドを横切って・・・。「ちょっとそこの君、私はグランドを愛しています。ぬかるんだグランドに入らないように」と。
それは、当時、同年輩でドイツのカウフマンとホームストレッチまで競い合った短距離の井指正之、棒高跳びで毎年高校新記録を生んだ、私の学校時代からの旧友佐藤正治等を擁した陸上競技部の一つの黄金時代を率いていた伊藤菊造先生であった。
一昨年(2019年)7月、卒業後六十年を記念して同窓会が開かれ初めて出席した。出席者は50名超。しかしもう一枚の名簿が目に止まり、それには、既に生涯を終えた同級生の名前が記されていた。出席者に近い人数であった。あの君と話したいと期待してきた友人の名前が連ねられていた。一瞬胸が熱くなった。
商学部商学科貿易専攻、英語部卒業。東京銀座の総合貿易商社に2年間勤めて勇退。大阪天王寺の写真専門学校で2年間基礎勉強をして以後、姫路市へやって来て50年。日本一の肖像写真家と称された岳父(故人)の下で34年の修業時代を経て、妻と二人三脚。「写真は光の芸術」それを追い求めて走りに走ってきた。
「何事も愛情を持ってして初めて成就できよう」
5月のある朝、鈴木万里子同窓会副会長様より、寄稿依頼の電話があり即受諾。私の高校生時代は精彩を欠いていた。しかし、冒頭の「グランドを愛しています」のお言葉は、忘れたことがなかった。「何事も愛情を持ってして初めて成就できよう」という教えであった。
本意を理解するのに長い時間がかかった。
「光の芸術の品格を守り続けたい」
磐田ケ原で培った体力のお蔭でお仕事は未だ現役。いずれにせよ、残りの人生僅かとなった今、肖像写真家として、被写体に必要最小限のやわらかな光を照らし、愛情を込めて、「写真」を、いや「写心」が撮れるよう挑戦していきたい。今や、一億総カメラマン時代。だからこそ、光の芸術の品格を守り続けたい。来年二月で満八十歳になる。感謝!
<プロフィール>
2019年秋 卓越した技を持ち、その道の第一人者を表彰する「現代の名工」に選ばれる。
2020年秋 一筋の道に尽くし、その道で確かな功績を残した人に贈られる「黄綬褒章」受賞。